オンプリュについて
2004年に創業したen plus(オンプリュ)は、
東アフリカ・
ものはなにからできているのだろう?
村のおかあさんたちとともにつくるバスケットはすべてが1点ものです。バスケットをつくることは女性が仕事をもっていることにつながります。
バスケットをつくるお母さんたちは、自分たちが食べる野菜や果物は畑で育てていま
オンプリュのバスケットは芸術品ではなく、毎日使うもの。
こどもからおとなまで持てるもの。
こどもと一緒に、またお母さんと一緒に持てるもの。
私たちの毎日は選択の連続です。何時に起きようか。何を着よう。
毎日の暮らしは、
うまくいかない日でも自分が好きなことを選ぶのは自分らしさを選
バスケットは今もケニアの大地の下で作られています。
心の片隅で彼女たちが過ごす時間を思いながら、毎日の生活の想像を少し広げてみてください。
アフリカと聞くと、
代表 中島志保 プロフィール
大学は多摩美術大学の日本画専攻
3人のこどものお母さんでもあります。
大学卒業後、植物系ディスプレイの会社(グリーンディスプレイ)、フェアトレードカンパニー株式会社を経てオンプリュをスタート
小さい頃から絵を描くのが好きで、学校では授業中に空想の世界を紙にずっと描いているような子でした。
中学高校では、授業中の絵にプラスして洋楽と映画にはまっていました。絵を描くのが好きだから、美大にいきたいというのを応援してくれた中高の友人たちには感謝しています。
大学の時に、トレックアメリカといういろんな国のメンバーとバンに乗ってキャンプするカナダの旅に参加して、旅を楽しむ人と過ごしたことが旅の原点。大学のころ読んでいたのは旅行人。という旅のエッセイ。
星野道夫さんの連載を読むための、SINRAという雑誌を読んでいて、その中で連載をしていたフィリピンのカオハガン島に行って、生活を支える手工芸について考えるきっかけになる。(その島には手工芸はなく、日本人がキルトを持ち込み、カオハガンキルトという名前で販売して現金収入の道をさぐっていた)
そのころ、池澤夏樹の南の島のティオという本もなぜか毎日読んでいて、南の島にいきたかった。
植物系ディスプレイの会社から、ファアトレードカンパニーに転職。
クラフト部門の商品開発でいろんな国の手工芸を出会う。
会社の出張で2000年にケニアと出会う。
音楽や映画や、漫画に本に絵と。生きるためには不要不急かもしれないことでだいたいできています。
ただ好きなことは変わらず、手工芸、クラフトは人生どこまでいっても好きなことなので安心してやっていけます。
はじまりはこの刺繍はどこの国の刺繍なのだろう?このかごは日本のどこで作っているのだろう。このかごはどの国から来てるのだろう?どんな人が作っているんだろう。そんな疑問から。
国の問題のような大きなことにはどうすればいいかわからないけれど
でも、毎日持つバスケットを通して、世界とつながることができると思っています。
いつでもクラフトで世界をつなげるという野望は大きく持っています。
毎年ケニアとの仕事を継続できるのは、日本で買ってくれる方がいるからです。
いろんなものが溢れているこの国で、オンプリュのものと出会うことは奇跡のような出会いだと思うので、
出会ってくれてありがとうございます。
en plus (オンプリュ)
アフリカ雑貨 製造販売・卸
神奈川県逗子市桜山6-7-1
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